ジャーナリストのカレン・ハオは、MITで機械工学を学んだ後、シリコンバレーのスタートアップへ入社した。しかし「社会課題の解決より利益の追求が優先される」現実に疑問を感じ、ジャーナリズムの世界へ転身。2018年からMITテクノロジーレビューでAI取材を始める。
2019年、OpenAIの内部を取材した記事が同社経営陣の怒りを買い、以後3年間、取材拒否(出禁)に遭う。それでも彼女は屈せず、250人・300回を超える取材を敢行。うち90人はOpenAIの現職・元職の幹部や社員だった。
そうして完成した著書『Empire of AI(AIの帝国)』。本対談は、シリコンバレーの野望の裏側から、テキサスやメンフィスの地域住民が被る犠牲まで、AI産業の光と影を暴き出した衝撃の記録である。
カレン・ハオがジャーナリストの道を歩むきっかけは、挫折と疑問だった。MITで機械工学を学んだ彼女は、卒業後、気候変動対策を目指すサンフランシスコのスタートアップに就職した。しかし入社数ヶ月後、株主(取締役会)は利益が出ていないという理由でCEOをあっさり解任した。
この出来事が彼女の人生の分岐点となる。「シリコンバレーが儲かる技術ばかりを最優先し、本当に解決が必要な『儲からない社会課題(気候変動など)』を後回しにするなら、自分は何のためにここにいるのか」。そう痛感した彼女はエンジニアを辞め、文章を書く道へ転身する。そして2018年、ChatGPTが登場する数年前からMITテクノロジーレビューでAI専門記者となった。
彼女の取材テーマは明確だった。「どのような技術を作るのかを、誰が決め、誰の資金と意図で動いているのか。世界中の人々に貢献する技術へ作り直すにはどうすればいいのか」。彼女はシリコンバレーのオフィスを飛び出し、現場へ足を運び始めた。
AIの歴史は1956年のダートマス会議に遡る。数学者のジョン・マッカーシーが、この分野に「人工知能(Artificial Intelligence)」と名付けた。当初彼は「オートマタ研究」と呼ぼうとしていたが、同僚からは「人工知能」という名称への懸念が噴出した。「人間の知能を再現する」という不可能な枠組みに縛られてしまうからだ。
その懸念は、70年後の現代にも暗い影を落としている。そもそも、「人間の知能とは何か」に関する科学的な合意は現在も存在しない。心理学、生物学、神経科学のいずれにおいても明確な定義はないのだ。それどころか——
ゴールポスト(知能の定義)が存在しないまま、「人間と同等のAIを作る」というレースが始まってしまった。ゴールが定義できない以上、いつ到達したかも誰にも分からないのだ。
▲ 目次へ戻る「定義が存在しない」ということは、AI企業にとって好都合である。「AGI(汎用人工知能)」という言葉の定義を、話す相手に合わせて自由自在に変えられるからだ。OpenAIが使い分けてきた4つの定義を並べると、その意図が露骨に浮かび上がる。
① 政治家・議会向け:がん治療、気候変動、貧困を解決する夢の万能技術。
② 一般消費者向け:これまでで最高のパーソナルアシスタント。
③ 巨額出資者(マイクロソフト)向け:契約書上、1000億ドルの利益をもたらすシステム。
④ OpenAIの公式HP:経済的に価値のある仕事の大半で人間を超える高度な自律システム。
「これは一つの技術に対する一貫したビジョンではありません」とハオは指摘する。規制を回避したい相手、商品を買わせたい顧客、膨大な資金を出させたい投資家——相手を動かすための都合の良い道具として「AGI」という言葉が利用されているのだ。
▲ 目次へ戻る2015年、OpenAIの設立直前にサム・アルトマンがブログに書いた有名な一言がある。「超人的な機械知能は人類最大の脅威であり、すべてを破壊する最も可能性が高い道筋だ」。
ハオはこの言葉の真のターゲットを明かす。世間ではなく、イーロン・マスク一人に向けられたメッセージだったのだ。当時マスクは「AIは悪魔の召喚だ」と連日のように警告していた。アルトマンはマスクの警戒心を煽り、味方に引き入れるために、マスクの持論をそのままブログで鏡写しにしたのである。
狙い通り、マスクは巨額の資金を出してOpenAIを共同創業した。しかし後に二人は激しく対立し、マスクは会社を追われる。裁判で開示された文書からも、アルトマンが巧妙にマスクを操り、用済みになると排除した経緯が浮き彫りになっている。
▲ 目次へ戻る設立当初は「非営利団体」だったOpenAIが、開発資金を稼ぐために「営利法人」を作る議論を始めたとき、誰がトップ(CEO)に立つかが最大の争点となった。候補は非営利団体の共同会長だったマスクとアルトマンの二人。
当初、イリヤ・サツケバー(チーフサイエンティスト)とグレッグ・ブロックマン(CTO)はマスク支持だった。しかしアルトマンは裏でブロックマンに話を持ちかけた。「マスクは有名人で予測不能だ。そんな男に巨大な技術の権力を握らせていいのか?」。説得されたブロックマンがサツケバーを説得し、二人はアルトマン支持へと翻った。
梯子を外されたマスクは「自分がCEOでないなら去る」と言い放ち、OpenAIを離脱した。
▲ 目次へ戻る300回以上の取材を通じて、アルトマンに対する評価には中間が一切存在しないという。「現代のスティーブ・ジョブズ」と崇めるか、「息を吐くように嘘をつく極めて操作的な人物」と憎むかの二つに分かれる。
この違いは「目指す未来がアルトマンと一致しているか」で決まる。一致している間、彼は資金と人材を猛烈に集めてくれる最高のカリスマだ。しかしビジョンにズレが生じた瞬間、「自分の技術や能力が、望まない未来のために搾取されている」という激しい恐怖と不信感に変わる。
Claudeを作るAnthropicの創業者ダリオ・アモデイや、元OpenAIのイリヤ・サツケバーも、まさにこの不信感からアルトマンと決別したのだった。
サツケバーやジェフリー・ヒントンといったAI研究の権威は、「人間の脳とは単なる巨大な統計計算エンジン(確率モデル)である」という独自の仮説を信じている。脳が統計計算機なら、デジタル上でより巨大な統計モデル(LLM)を作れば、人間を超える知能(AGI)が生まれるはずだ、という論理だ。
しかしハオは強調する。これは科学的に証明された事実ではなく、彼ら一部の研究者の「個人的な科学的仮説」に過ぎない。多くの神経科学者や脳科学者は「脳を単なる統計エンジンとみなすのは極端な単純化だ」と猛反対している。
それにもかかわらず、AI企業はこの仮説だけを根拠に、無制限のデータ収集、膨大な電力消費、過酷な労働搾取を正当化している。ハオは最も根本的な問いを投げかける。
なぜAI企業は社会に害を及ぼしてまで暴走するのか。ハオは彼らが「帝国主義の行動原理」に支配されているからだと語る。かつての植民地帝国と全く同じ4つの特徴がある。
他人の個人データ、クリエイターの著作権物を勝手に自社のものだと主張する。さらに巨大データセンターを建てるため、土地や水を奪い取る。
世界中で数十万人の労働者を安買いし、過酷な注釈作業(アノテーション)を強いる。そして完成したAIで、その労働者たちの権利と仕事を奪っていく。
「AIを理解できるのは自分たちだけだ」と主張し、批判的な研究者を排除してAI研究の資金と人材を独占する。
「我々は善い帝国だ。我々が支配しなければ、悪の帝国(中国など)が世界を破壊する」という恐怖を煽り、自らの独占を正当化する。
▲ 目次へ戻るグーグルの倫理的AIチームのトップだったティムニット・ゲブル博士は、大規模言語モデルがもたらす環境破壊や偏見などの害を指摘する論文を発表しようとした結果、グーグルから即座に解雇された。帝国にとって不都合な真実を語る研究者は抹殺されるのだ。
またOpenAIは、非営利から営利への転換手続きに疑問を投げかけていた市民団体や研究者に対し、弁護士を通じて「法的な召喚状」を送りつけ、活動を妨害・威圧した。批判者の口を塞ぐための徹底的な言論統制が行われている。
▲ 目次へ戻る2020年、ハオがOpenAIの内部実態を暴く記事を書いた直後、同社は彼女からの取材を3年間完全に遮断した。「都合の悪い報道をする記者には取材権(アクセス)を与えない」というメディアコントロールである。
テクノロジー報道の現場では、企業が記者に「独占取材権」という人参をぶら下げ、批判的な記事を書かせないようにコントロールする構造が蔓延している。
2023年11月に起きたサム・アルトマン解任劇の真相。発起人はイリヤ・サツケバーだった。彼はアルトマンの独裁的で社内を分断させる手法に強い危機感を抱き、独立取締役のヘレン・トナーらに内部告発を行った。
さらに取締役会は、「OpenAIスタートアップ・ファンド」の所有権がOpenAIではなく、サム・アルトマン個人の名義になっていたという決定的な不正・不透明性を発見する。
取締役会は電撃解任を決行したが、事前に最大出資者のマイクロソフトや社員へ根回しをしなかったため大混乱に陥る。アルトマンは過半数の社員を巻き込んだクーデターでわずか5日でCEOに復帰。内部告発したサツケバーとムラティは会社を去る結果となった。
▲ 目次へ戻るOpenAIの創業メンバーたちは、ほぼ全員がアルトマンと対立して去っていった。そして面白いことに、去った全員が自分の新しいAI会社を設立している。
・イーロン・マスク → xAI
・ダリオ・アモデイ → Anthropic(Claude)
・イリヤ・サツケバー → Safe Superintelligence
・ミラ・ムラティ → Thinking Machines Lab
「自分が思う最強のAI」を作りたい独裁者たちが互いに譲り合えず、分裂と対立を繰り返しているのがAI業界の現実なのだ。
▲ 目次へ戻るSF小説『デューン』では、民衆を統治するためにあらかじめ「救世主の神話」が社会に植え付けられる。主人公は当初、それが統治のための嘘だと知っていたが、神話を演じるうちに自らも救世主だと錯覚していく。
AI業界の経営者たちも全く同じだ。資金や権力を集めるために「AGIの誕生」や「人類滅亡の恐怖」という神話を自分たちで捏造した。しかし、毎日その嘘を語り続けるうちに、自ら作った神話に飲み込まれ、本当にAGIができると信じ込む自己洗脳(認知的不協和)に陥っている。
「アメリカが開発を緩めれば、中国のAIに負けて安全保障が脅かされる」という定番の論理。ハオはこのプロパガンダを切り捨てる。
理由①:計算資源を無制限に増やすことと、特定のサイバー防衛や軍事能力を高めることは全く別の問題である。
理由②:AI企業が優先して開発しているのは軍事や社会貢献ではなく、「巨額の対価を払ってくれる金持ち(金融・法律・医療業界)」向けの機能に過ぎない。
「中国の脅威」は、無制限に電力とデータをかき集めるための都合の良い言い訳(口実)に過ぎないのだ。
▲ 目次へ戻る現在のAIは「万能の知能」ではなく、特定の金になる分野だけが異常に発達し、他の分野はスカスカという「ギザギザの最前線(jagged frontier)」を持っている。
力任せにモデルを巨大化させても、万能な人間にはならない。また、全員が同じモデルを使うことで、一つの誤りを全世界のシステムが同時に起こすリスクが高まっているのだ。
▲ 目次へ戻る「AIが数年で放射線科医を不要にする」というジェフリー・ヒントンの予測は完全に外れた。現実には、放射線科医がAIを「ツール」として使うことで、がんの早期発見率が最も高まっている。
テスラの自動運転なども、本質は確率計算に過ぎないため、事故率を完全にゼロにすることは不可能だ。あらゆる場所で人間を完全に置き換えるという予想は、何年経っても実現していない。
▲ 目次へ戻る「AIでカスタマーサポートの多くを自動化し、従業員を大幅削減した」と話題になった決済大手クラーナ(Klarna)のCEOから対談中に電話が入る。
彼によれば、AI導入で単純作業を効率化できた一方、「人間による高品質なサポートや手作りの価値」はむしろ以前より高まっているという。しかし多くの企業経営者は、AIの実際の能力が足りていなくても「十分マシで安上がりだから」という理由で解雇を強行しているのが実態だ。
▲ 目次へ戻るAIが奪っているのは主に「エントリーレベル(若手・初級)」の仕事だ。その結果、若手が下積みを経て成長する「キャリアの成長ハシゴ」の中間が消滅している。
解雇された元マーケターやデザイナーたちが、生きるために「自分の元いた仕事をAIに教え込む過酷なデータ注釈(ラベル付け)作業」へ低賃金で雇われている。自分が解雇された原因であるAIを、自らの手で賢くさせられるという皮肉な地獄が生まれているのだ。
▲ 目次へ戻る「面倒な仕事をAIに任せれば、人間は人間らしい生き方に專念できる」という楽観論がある。しかしハオは反論する。「それは自分の時間を自由に使える一部の経営者や金持ちだけの特権です」。
圧倒的多数の労働者は職を奪われ、より過酷で非人間的なアノテーション作業へ追いやられ、尊厳を奪われている。「人間らしさを取り戻す」どころか、人間性が絞り取られているのが現実だ。
▲ 目次へ戻るAIの暴走は労働問題だけではない。テキサスやルイジアナには、マンハッタンの5分の1にも及ぶ巨大データセンターが次々と建ち、ニューヨーク市の何割もの電力と、地域住民の貴重な淡水(冷却水)を大量に食いつぶしている。
テネシー州メンフィスでは、イーロン・マスクのxAIがスーパーコンピュータ「コロッサス」を稼働させるため、許可なく35基ものメタンガスタービンを発電に使用。周辺の貧困層や黒人居住区に有害物質を撒き散らし、住民はガスの臭いと子供の喘息悪化に苦しめられている。
では、どうすべきか。ハオは「交通手段の選択」に例える。
隣の町へ行くのにロケットを使う人はいない。しかし現在の巨大LLMは、膨大な資源と電力を無駄遣いする「AIの巨大ロケット」だ。
一方、ノーベル化学賞を受賞したDeepMindの「AlphaFold」は、小さな限定データだけでタンパク質の構造を解明し、創薬に大革命を起こした。電力消費も少なく、社会へ巨大な利益をもたらす。私たちが作るべきなのは、過剰な巨大ロケットではなく、この「AIの自転車」なのだ。
▲ 目次へ戻る「もうAIの暴走は止められない」という諦めに対し、ハオは明確に否定する。
もしAIが完成しているなら、なぜ彼らは今も膨大なデータとアノテーション作業員を欲しがり続けるのか? 技術は常に更新しなければ陳腐化するからだ。つまり彼らの弱みは、今も私たちのデータや労働、電力に依存し続けていることにある。
現在、アメリカ人の80%がAI産業への法規制を求めており、全米各地で巨大データセンター建設に対する反対運動が起き、実際に計画を凍結・中止に追い込んでいる。
▲ 目次へ戻るゴールは「AI技術の撲滅」ではない。「AI企業が帝国として横暴に振る舞うのを止めさせること」だ。
① 無断でのデータ提供を拒否すること(アーティスト等の訴訟)。
② 地域での無謀なデータセンター建設に反対すること。
③ 職場や学校で「人間を安易に置き換えるAI導入」に声を上げること。
司会者バートレット:「余命わずかな友人にどんなアドバイスをしますか?」
ハオ:「自分のために生きて、人生を楽しんで、無理をしないで、と伝えます。……でも、私自身は無理をし続けてしまっています。」
バートレット:「あなたが無理をしてでもこの真実を語り続けてくれて良かった。アルゴリズムや企業の神話に騙されず、人間としての尊厳を守るための会話こそが、今もっとも必要なのですから。」
▲ 目次へ戻る問題はAIという技術そのものではなく、ごく少数の企業が世界を支配する「権力の構造(帝国)」である。
数十億人の人生を左右する決定をごく少数が下し、民衆には一切の発言権がない状態をハオは告発している。
彼女の答えは「AIの禁止」ではない。「企業が帝国として振る舞うのを止めさせ、公正な価値交換と人間の繁栄に役立つ『AIの自転車』を育てること」である。
見るべきはモデルの賢さではなく、その裏で誰が代償を払わされているかだ。
——アビリーンの水。メンフィスの空気。消えたキャリアの梯子。そして、無謀な巨大ロケットではなく、社会を本当に助ける技術を選び取ること。