BASECORD 動画要約

競争は敗者のためのもの
— ピーター・ティール 講演メモ

Peter Thiel「Competition is for Losers」/スタンフォード大学の起業講座(Sam Altman 主催)での約42分の講演を日本語で要約。PayPal 創業者による「独占(モノポリー)」論。
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競争は敗者のためのもの ピーター・ティール

価値ある会社には、二つのことが同時に成り立っている。ひとつは、世の中に X ドルの価値を生み出していること。もうひとつは、そのうち Y%を自分の手元に残せていることだ。
そして講演の全体を貫く主張は、この X と Y がまったく別々の変数だという一点にある。

1. 大きな価値を生むことと、儲かることは別の話

起業を考える人の多くは X ばかりを見つめている。世界をどれだけ良くするか、どれだけ多くの人に使われるか。だがどれほど大きな価値を生んでも、その価値を自分の会社に留めておけなければ、事業としては何も残らない。ティールがこの対比のために持ち出すのが、米国の航空業界と Google の検索事業である。

2012年の時点で、米国内の航空業界の年間売上はおよそ 1,950 億ドルにのぼる。一方、Google の検索は 500 億ドル超で、規模としては航空業界の4分の1ほどしかない。ところが利益で見ると、航空業界の 100 年分の累計利益はほぼゼロだという。好景気に儲けては不況で破綻し、そのたびに資本を入れ直す。その循環を1世紀にわたって繰り返してきた結果が、累計ほぼゼロという数字である。対する Google は、極めて高い利益率を安定して出し続けている。そして株式市場が付けた値段では、航空業界全体を合計しても Google のおよそ4分の1にしかならない。

「航空旅行と検索、どちらかがこの世から消えるとしたら、困るのはどちらか」と問われれば、たいていの人は航空旅行だと答えるだろう。世の中に与えている価値、つまり X は、明らかに航空業界の方が大きい。それでも会社としての価値は検索の方がはるかに高い。違いを生んでいるのは X ではなく Y、すなわち生んだ価値のうちどれだけを自分の取り分として残せるかであり、それを決めているのが競争の激しさなのである。

2. 会社は2種類しかない。そして、どちらも本当のことを言わない

ティールによれば、事業には両極端の二つの形しかない。一方の端には、誰もが同じことをしていて利益が削り取られていく完全競争の産業があり、もう一方の端には、その分野を実質的に一社で押さえている独占がある。教科書は両者の中間に無数のグラデーションがあるかのように語るが、現実にはその中間は驚くほど少ない。

ところが、この区別は外から見てもなかなか分からない。理由は単純で、どちらの側も自分の立場について嘘をつくからだ。独占している会社は「うちは激しい競争のただ中にいる」と言い張る。本当のことを認めれば政府に目を付けられ、規制されてしまうからだ。逆に、まったく儲かっていない会社は「うちは唯一無二の存在だ」と主張する。差別化されているように見せなければ、投資家からお金を集められないからである。

この嘘には、それぞれ決まった言い方のトリックがある。独占側は、自分の市場をいくつもの市場の足し算として説明して薄めてみせる。Google は自社を「検索エンジン」とは決して呼ばない。ある時は「広告会社」であり、検索広告の 170 億ドルはオンライン広告の一部にすぎず、それは米国の広告全体の一部で、さらに世界の広告市場から見れば 3.5% ほどの小さな断片だ、という説明になる。またある時は「1兆ドル規模のテクノロジー市場の一プレイヤー」となり、自動運転で自動車会社と、スマートフォンで Apple と、SNS で Facebook と、オフィスソフトで Microsoft と、クラウドで Amazon と競い合っていることになる。どちらの語り方でも、Google は巨大な海に浮かぶ小舟にしか見えない。

非独占側のトリックはその逆で、条件を掛け合わせて市場を極端に狭く定義する。「パロアルトで唯一の英国料理レストラン」という言い方がその典型だ。客はマウンテンビューまで車で行けるし、英国料理しか食べないと決めている人などいない。存在しない市場を言葉の上だけで作り出しているにすぎない。映画の企画書も同じで、「大学アメフトのスター選手が一流ハッカー集団に加わり、友人を殺したサメを追う」という説明は、確かに他に同じものはない。だが正しい分類はただの「もう1本の映画」であり、そこは世界でも屈指の激戦区である。

資本主義と競争は、実は正反対の言葉である。資本主義とは資本を蓄積することだが、完全競争の世界では、その資本はすべて競争によって削り取られてしまう。

3. 大きな市場を狙ってはいけない。極小の市場を独占してから広げる

ここからティールの助言は、多くの人の直感と正面から衝突する。スタートアップが最初に狙うべきなのは大きな市場ではなく、他の誰もわざわざ価値を認めないほど小さな市場だという。そこを丸ごと取り切ってから、同心円状に隣へ広げていく。これが唯一まともに機能する順序だと彼は言う。

実例には事欠かない。Amazon が最初に扱ったのは本だけだったが、その代わり「世界中のどの書店よりも品揃えが多い」という状態を作り上げた。eBay は PEZ のディスペンサー、次にビーニーベイビーズという、外から見ればおもちゃの取引から始まっている。PayPal が最初の顧客に選んだのは eBay のパワーセラー、わずか2万人ほどの層だった。当時は「ネットでガラクタを売っている人たち」と見なされ、社内ですら最悪の顧客層だと思われていた。しかし彼らにとって、送金に7〜10日かかる小切手より10倍以上速い決済手段は決定的な価値があり、2〜3か月で 25〜30% という浸透率に届いた。Facebook に至っては、最初の市場はハーバード大学の1万人である。そこで10日のうちに占有率が 0 から 60% に跳ね上がった。

これらはどれも、当時のビジネススクール流の分析では「市場が小さすぎて投資する価値がない」と切り捨てられる案件だった。だが逆の失敗の方がはるかに悲惨である。ティールが挙げるのはクリーンテック(環境技術)で、この分野の企業が軒並み失敗した共通点は、どこも「数千億から数兆ドル規模の市場」という語り口から始めたことだった。大海に放たれた小魚は、誰が競争相手なのかさえ把握できないまま消えていく。

「レストラン業界は1兆ドル市場だ」という説明の仕方をすれば、飲食業は世界で最も有望な事業に見えてしまう。しかし実際にやっているのは、パロアルトで 100 軒目のレストランを開くことにすぎない。市場規模の大きさは、そのまま自分の取り分の大きさを意味しない。

4. 独占をつくる四つの条件

では、その小さな市場を独占するために何が要るのか。ティールは四つの要素を挙げる。

第一に独自の技術。目安として、次善の選択肢より10倍良いことだという。ティール自身が「乱暴な経験則」と断ってはいるが、少し良い程度では既存のものを置き換えられない。Amazon は10倍多い品揃えで、PayPal は10倍速い送金でその条件を満たした。まったく新しいものを作る場合は、比べる相手がいないので改善幅は事実上無限大になる。iPhone は「最初にきちんと動いたスマートフォン」であり、その意味で無限大の改善だった。

第二にネットワーク効果。使う人が増えるほど一人あたりの価値が上がる構造である。ただしこれには必ず難問が付いてくる。まだ誰も使っていない段階で、最初の一人にとってなぜ価値があるのかを説明できなければ、そもそも立ち上がらない。だからこそネットワーク効果を持つ事業は、極小の市場から始めざるを得ない。

第三に規模の経済。固定費が大きく、利用者を一人増やすための追加コストがほぼゼロという構造だ。第四にブランド。人の頭の中に居座る力である。ティールは「自分には仕組みが分からないので、ブランドだけの会社には投資しない」と断りながらも、これが実在する強さであることは認めている。

ソフトウェアという事業は、このうち規模の経済が極端に効く。一人使い手が増えても追加コストがかからないうえに、普及の速度が速い。だから小さな市場から始めても、その市場が育っていく速さに追いつきながら独占を保ち続けられる。

トルストイは「幸福な家庭はどれも似ているが、不幸な家庭はそれぞれの不幸を抱えている」と書いた。ビジネスでは、これがそっくり逆になる。幸福な会社はどれも違っている — 誰もやっていないことをやっているからだ。不幸な会社はどれも似ている — 同じことを奪い合って競争しているからだ。

だからこそ、成功例をそのままなぞることに意味はない。技術の世界では同じ瞬間は二度と来ないので、次のマーク・ザッカーバーグはSNSを作らないし、次のラリー・ペイジは検索エンジンを作らない。彼らを真似ているなら、それは彼らから学んでいないということだ。

5. 最初に始めた者ではなく、最後に残った者になる

一番乗りであること自体には、実はほとんど価値がない。一瞬だけ独占しても、すぐに追い抜かれてしまえば同じことだからだ。本当に重要なのは ラスト・ムーバー、つまりそのカテゴリーで最後まで残る会社になることである。Microsoft は数十年にわたって「最後のOS」であり続けたし、Google は「最後の検索エンジン」であり続けた。

なぜそこまで持続性が効くのかは、会社の値段の付き方を見ると分かる。ティールは PayPal の例を挙げる。創業から27か月が経った2001年3月の時点で計算してみると、会社の価値のおよそ4分の3が、2011年以降に生まれる利益から来ていた。同じ計算をテック企業一般に当てはめると、たいていは価値の 80〜85% が10年以上先の利益で占められる。つまり今この瞬間の売上や成長率は、値段のごく一部しか説明していない。

シリコンバレーは成長率を過大評価し、持続性を過小評価している。成長率は今この場で正確に測れるが、「10年後もこの会社が存在しているか」は測れない。ところが会社の値段を実際に決めているのは、測れない後者の方である。

チェスの世界チャンピオン、カパブランカの「まず終盤から学ばねばならない」という言葉が引かれる。技術の世界で大きな突破口を開いたとしても、なぜ自分のその突破が最後の突破になるのかを説明できなければ、事業としては意味がない。1980年代のディスクドライブ産業がその見本で、より良い製品を作って市場を取っても、2年後に誰かがもっと良いものを出せばそれで終わりだった。消費者にとっては大きな恩恵だが、始めた本人の手元には何も残らない。

6. 歴史を通じて、発明した人はほとんど報われていない

過去250年から300年のあいだに、蒸気機関、鉄道、電話、冷蔵技術、家電、コンピュータ、航空機と、莫大な技術革新が積み重なってきた。だが X と Y は別の変数なのだから、価値を生んだ人がその価値を回収できたとは限らない。むしろ歴史は、回収できなかった例で埋め尽くされている。

最も極端なのは科学の世界で、ここでは Y が事実上 0% である。科学者は自分の発見から一円も手にしない。ティールは、「世界は自分の仕事に正当に報いてくれる公正な場所だ」という思い込みこそ、科学者が抱えがちな根本的な幻想だと言う。20世紀最高の物理学者になり、特殊相対性理論と一般相対性理論を打ち立てたとしても、億万長者になれないどころか百万長者にすらなれない。

科学の外でも事情は変わらない。鉄道はきわめて大きな価値を生んだが、競争が激しすぎてその多くが破綻した。ライト兄弟は人類で最初に飛行機を飛ばして、お金にはならなかった。第一次産業革命の紡績工場も同じで、1780年から1850年にかけて年5〜7%の効率改善を60〜70年も続けたにもかかわらず、1850年の英国の富は依然として地主貴族の手中にあり、労働者の取り分もわずかだった。工場主が数百人もいて互いに競い合う構造そのものが、誰にも利益を許さなかったのである。

この250年で「新しいものを作って儲かった」形は二つしかない

ひとつは垂直統合型の、複雑な独占である。19世紀末から20世紀初頭のフォードやスタンダード石油がこれにあたる。多数の部品や工程を正しく噛み合わせる複雑な調整が必要で、資本もかかるが、そこまで作り込めた会社は誰にも真似されない。ティールは、現代でこの形を取っているのはイーロン・マスクのテスラと SpaceX だと見る。電池やロケットに単一の10倍の技術的突破があったわけではなく、本質は競合よりも垂直統合されていたことにあった。テスラは販売店まで自社で抱え、SpaceX は下請けに出すはずの工程を内側に取り込んだ。この形は今なお驚くほど使われていない、というのが彼の見立てである。

もうひとつがソフトウェアだ。利用者を一人増やす追加コストがゼロで、しかも普及が速い。この速さが決定的で、普及が遅ければ市場が小さいうちに他社が参入してきて、結局そこで競争が始まってしまう。市場を取り切る前に競争を始めさせないこと、それがソフトウェアの強みであり、シリコンバレーが成功した理由でもある。

ここでティールは、両側にある都合のいい言い訳を釘刺しする。科学の側の「科学者はお金のためにやっているわけではない」という説明は、動機の問題にすり替えることで、革新の成果がすべて競争によって削り取られているという構造から目をそらしている。ソフトウェアの側の「これほど儲かるのだから、世界で最も価値ある仕事に違いない」という自負も同じくらい怪しい。Twitter で数十億ドルを稼ぐ人がいるからといって、その仕事がアインシュタインの仕事より価値が高いことにはならない。どちらの言い訳も、X と Y が別物であるという事実を覆い隠してしまう。

7. 競争は知的な盲点であり、同時に心理的な罠でもある

私たちはふつう「敗者」を、競争が下手な人のことだと考えている。ティールはその前提をひっくり返して、競争すること自体が間違いなのではないかと問う。

人間は深いところで模倣的な生き物だ。彼は猿、羊、レミングといった言葉を並べる。大勢が群がっているものを見ると人は安心し、「これだけ人が集まるのだから、そこには価値があるはずだ」と考えてしまう。だが実際には、大勢が同じことをしているのは、価値の証明ではなく狂気の証明であることの方が多い。毎年2万人が映画スターを目指してロサンゼルスへ向かい、成功するのは20人ほどである。その点、オリンピックはまだ健全だ。自分に才能があるかどうかがすぐに分かるので、社会全体としての無駄が少なくて済む。

競争の激しさは、報酬の大きさとも比例しない。キッシンジャーはハーバードの同僚たちを評して「争いがこれほど熾烈なのは、賭け金がそれほど小さいからだ」と言った。客観的な差が小さいときほど、人はその差を守るために激烈に競い合う。しかもその差はたいてい実在せず、想像上のものである。

ティール自身の話

中学の卒業アルバムに、友人が「彼はスタンフォードに行くだろう」と書き残した。実際その4年後にスタンフォードへ進み、さらに4年後にスタンフォード・ロースクールへ進み、そしてニューヨークの大手法律事務所に入った。そこは外にいる人がみな入りたがり、中にいる人がみな出たがっている場所だったという。彼が辞めたとき、同僚に言われた言葉が印象的だ。「君が出ていくのを見て安心したよ。アルカトラズから脱出できるとは思わなかった」。もちろん、実際にやったことといえば、正面のドアから出て、二度と戻らなかっただけである。

競争は、その競技における自分を確かに上達させる。周りと自分を絶えず比べ、隣の相手にどう勝つかを考え続けるからだ。それは否定しない。
だが、それはとてつもない代償を伴う。「そもそも本当に重要なことは何か」を問うのを、やめてしまうのだ。

締めの一言

みんなが押し合いながら通ろうとしている小さな扉を、無理に通ろうとするな。
角を曲がるか、誰も通っていない大きな門から入ればいい。

出典:https://x.com/i/status/2082839786268573867
※ X の自動生成英語字幕(約42分・全文)から日本語に要約。字幕には一部聞き取り誤りがあるため、数値・固有名詞は原講演での言及に基づく概数です。
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